2ntブログ

中の人(なかのひと)会議の前に

支配と服従。絶対的支配権を行使する主人と、服従するしか生きる術のない子飼いと。そういう立場があたりまえに存在する架空世界のお話です。飼われる人間と飼う人間との愛憎劇をお楽しみください。そして、時々は泣いてね。行き場を失った僕らの魂のために。

2024/04123456789101112131415161718192021222324252627282930312024/06

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
中の人って、普通の人にはいないんだろうか。
僕には、昔から僕の中に「別の人」が住んでいました。
「もう1人の僕」っていうのも。

この「もう1人の僕」っていうのと「別の人」っていうのは
全く違うものなんだけど、多分わかってもらえないので説明は省きます。

でもトオルさんとの暮らしの間も
それよりかずっと前の暮らしの間も
それから多分、僕が僕の家族と暮らしていた頃にも
僕にはずっと「もう1人の僕」がいたんです。
僕にとってはそれが当たり前で普通のことでした。

それがトオルさんと暮らし始めてから
僕の中には「もう1人の僕」の他に
「時々現れる別の人」がいるようになりました。

もう1人の僕っていうのは
あくまでも僕で、でも僕じゃない僕で
例えば僕が絶対にできないこととか
僕だったら絶対にしないことを
僕のくせに突然やってしまったりして
僕を驚かせたり窮地に立たせたり助けてくれたりしてました。
あれ?今もう1人の僕がやっちゃった・・・みたいな感じで。
あ、これは今でもなんですけど。

でもトオルさんとこに来てから大分経ってから
多分何年か経った頃に「別の人」が現れました。
こっちはいつも同じ人とは限らなくて
僕とは全く違って完全に僕じゃなくて
僕に向かって話しかけてきたり、僕の横で独り言言ってたり
僕に何かを命令したり禁止したりお説教してきたりでした。
それから僕と全く関係ない何か他の話を
その人自身のの話とかを聞かせてくれたり教えてくれたりとか。

あと、たまには人じゃない生き物とかも。
これ、わかってもらえないと思うんですけど
僕はものすごく淋しくてたまらない時とか
泣きたいのをすっごく我慢してる時とか寒くてたまらない時とか
この「人じゃない何か生き物」を抱っこして膝抱えて座ってたりしてました。
こういう時に僕を、誰かが外側から見たとしたらどう見えるのか
それは僕自分でもちょっとよくわからないです。
僕には確かに見えていて、感触もあって体温も感じる存在だったんですけど。


話がそれてしまいました。
僕のこの「もう1人の僕」と「別の人」が
一般的に言えば多重人格の別人格というものになるらしいです。
(僕は「別の人」はともかく「もう1人の僕」は
 別人格じゃないと感じてるんですけど)

で、この「別の人」たちと僕は今、
前よりずっとしっかりと交流できるようになりました。
それが別ブログのAR2Kに出てくる康介さんや
conquest of fate のロイさんだったりするんですけど。
でもあの人たちが表現すると(特に康介さんが)
この、僕のいう「別の人」は「中の人」ってことになるみたいです。

で「別の人」っていうと、康介さんが言うところの
「中の他の人」と紛らわしいってことで
自分が自分と感じる自分以外の人格については
「中の人」って表現に統一しようってことになりました。

ちなみにこの、康介さんの言う「中の他の人」ていうのは
僕らの中の人であっても僕らの別人格じゃなくて他人っていうことです。
ええと・・・これもどう説明したらわかってもらえるのか困るんですけど。
例えば僕の場合はよく、この他人を眺めてました。僕の中で。
ていうか、外で?なのかな。実はよくわかってないんだけど(汗)

僕はよく1人でボーっとしてるように見えるらしいんですけど
そういう時僕は、誰かを眺めてたりするんです。
それこそ例えば喫茶店とかに座ってお茶飲んでる時に
窓の外を通る人を眺めてるみたいに。
でも実際には僕は喫茶店で1人ティータイムを満喫するなんてことは
そう滅多にできることじゃなかったから、
これは1人で部屋でいる時にってことが多かった。

でも、普通に考えたらおかしいんだよね?多分。
部屋で1人でいるならTVでもつけてるんでない限り
他の人が見えるわけがないんだから。
でも僕は僕の中で、まるでTVの映像を見てるみたいに誰かを見てた。
例えば多分だけど僕の中がどこか他の世界につながっていて
その僕の中でつながってる外の他の世界に住んでる人たちを眺めてるっていうか。

そんなわけで、この、普通に考えたらおかしい、
でも僕らの中ではありうる、僕ら自身ではない誰か他の人のことを
僕らは「中にいる他人」とか「中の他の人」って表現することにしました。

これから先、もしかしたらこういう
僕らの「中の世界」の話が時々でてくるかもしれないんだけど
(おまけにその世界の感じ方とか表現とか世界そのものとかが
僕らの中で微妙に違ってたりするからややこしいんだけど)
できるだけこんな感じで、
少なくとも「交流」ができるようになった中の人同士の間では
「合意」できた統一表現で話そうと思ってます。
そんなことができるかどうか・・・
そもそもそれで少しくらいはわかりやすくなるのかどうか・・・
ものすごく不安だったりするんですけど。

でもわからなくても仕方ないから。
これはきっと僕ら独自の世界観の問題とかだから。
でもだから説明できなくても仕方ないって思ってくださいね(汗)


FC2ブログランキング




この記事へのコメント
noさんへ
noっていきなり何か断られてるのかと思いました(汗)
プロフィールの写真は以前、筋輔さんという方からクリスマスプレゼントにいただいた写真です。
町を歩いていたら見つけたイルミネーション?だったそうです。
2010/01/25(月) 20:32 | URL | リョウ #JnoDGgPo[ 編集]
もしまたコメント書くときは「no」にしますです。(ノー、悩、脳)
プロフィールの下の画像は写真ですか?絵ですか?
すごく綺麗ですね。
2010/01/25(月) 04:15 | URL | no #mQop/nM.[ 編集]
あれ
すみません、前のコメントがおかしくなってしまいました(汗)
上の僕のコメントは1/20の02:32にコメントをくださった方への返信です。
(でも何でもいいので何か名前を入れてもらえると助かります。)
2010/01/22(金) 08:40 | URL | りょう #JnoDGgPo[ 編集]
1/20no
>普通の人でも「もうひとりの僕」はたいていいるらしい。
そうなんですか?
僕にも監視しながら厳しく判定するのがいましたいました!最近でてきませんけど。
フロイトさんと「超自我」ですね。
いつか時間ができたら本か何か探して読んでみたいと思います。
あと、飛び入り書き込み歓迎です。
僕が長い間不義理をしたせいでずいぶんと淋しいブログになってしまいましたから・・・。
2010/01/22(金) 08:39 | URL | りょう #JnoDGgPo[ 編集]
普通の人でも「もうひとりの僕」はたいていいるらしい。フロイトさんはそれを「超自我」と名付けて自分の心理学の柱のひとつにしたとか。ただフロイトさんの「超自我」は、常に自分を監視しながら厳しく判定する批評家みたいな存在らしいので、少しりょう君のとは違うかもしれないけど…。飛び入りカキコですいません。
2010/01/20(水) 02:32 | URL | noone #mQop/nM.[ 編集]
のら君、しょうさん へ
のら君へ
久しぶり。
来てくれると思わなかった。
ありがと。
言葉による勧励ってすごく嬉しいよ。
今いちばんの原動力。

しょうさんへ
お久しぶりです。
てか、まだ見に来てくれてたんですね。
びっくりしました。
うん・・・ちょっと心境の変化っていうか、明るくなりたくて。
兄ちゃんとやってたブログが黒っぽかったから黒いと落ち込んじゃうんだ。
2010/01/19(火) 23:44 | URL | りょう #JnoDGgPo[ 編集]
ああ!
ブログのデザインが変わったね
優しい色になったのはやっぱり心境の変化かな?

ちゃんと進んでいるんだね
2010/01/19(火) 22:34 | URL | しょう #-[ 編集]
境界例なのかな・・・?
それとも解離性同一性障害か。
ちゃんと診断してもらわないとわからないけれど。

ブログにコメントありがとうね*^^*
おかえりなさい。

僕がリョウには言葉による勧励しか与えられないけれど。
2010/01/17(日) 17:58 | URL | のら #-[ 編集]
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
この記事のトラックバックURL
http://petnokimoti.blog.2nt.com/tb.php/183-bf5e2028
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
 / Template by パソコン 初心者ガイド